「先輩、スイカ割りしましょうよ!」
隊舎に入ってくるなり、暑苦しいくらい長く赤い髪の大柄の男は言った。
「んな暇ねぇ。」
「ならそうめん流しとか!」
許可もしてねぇのにずかずかと我が物顔で入ってきた挙句、仕事をしている俺の横に座ってにこにこしながら言ってくる。
「んな暇もねぇ。」
「じゃあ…」
じゃあ、ってまだあんのか。そんな恋次の会話に乗るより、今目の前にある仕事を終わらせるため筆を走らせる。
「かき氷!!これだったらよくないっすか!?」
「…別にいいけど、お前は何でそんなにこだわってんの?」
しまった、手が止まってしまった。
「暑いじゃないっすか、だからかき氷でも食べねぇかなぁって。」
そう言いながら俺の額にうっすらとにじんだ汗をぬぐう。一瞬だけ恋次の体温を感じた。
「ちょっと前までは雨が嫌だとかなんとか言ってたくせに。」
「でももう梅雨も終わったじゃないっすか。」
梅雨のせいで好きなこともできなきなかった恋次は梅雨が明けた今、少し生き生きしているように見える。一方、俺の方はと言うと梅雨だろうが梅雨じゃなかろうが仕事の量は変わらない。
「…かき氷は?」
「え?」
「かき氷、ねぇのかよ?」
恋次にやる気を吸い取られたのか、先ほどまでこの机にある仕事を終わらせようという気はどこかに行ってしまった俺は恋次の前に手を出す。
「今から買ってきますよ。何味がいいっすか?」
「…いちご。」
みぞれや抹茶も捨てがたい。だけど何故か今はあの甘い赤い蜜のかかった氷が食べたくなった。
「いちご、っすね!わかりました。すぐ買ってきますよ。」
死魄装から財布を出して隊舎の扉を開ける。
「…今の仕事終わったらちょっとだけどさ、暇な日あるからそんときにやろうぜ。」
「?」
「流しそうめん。スイカ割りも。吉良とか呼んでさ。」
呟くように言うと恋次は俺の方を向いてまるで太陽みたいに笑って「そうっすね」と言って、赤い蜜のかかったかき氷を二つ買いに行った。
今日もあいつの赤い髪はあのかき氷の蜜のようにきらきら輝いている。
2008.7.15
「はぁ・・・まじだるい・・・はっくしゅっ!」
朝から何度出たかわからないクシャミと鼻水。熱のせいで頭もボーっとする。
「ティッシュ・・・」
枕もとのティッシュボックスを手探りで見つけ、一枚二枚引き抜く。そして鼻水のコントロールが効かない鼻へ近づけ、思い切り鼻をかむ。
「ふぁ・・・」
完全にやられてしまった。夏風邪だ。
悪寒がしたのは昨日の仕事帰り。いつもなら生暖かい風に不愉快な思いがするのを帰るのに昨日はなぜかその生暖かい風すら冷たく感じた。だが、俺は少し変だな、と思ったくらいですぐに風呂に入り、寝床についてしまった。そして今日の朝、仕事に行かなければならないのに頭がボーっとしている。鼻水も出てくる。おまけにクシャミまで。俺はまさかと思い、思うように動かない体を無理矢理起こし、戸棚に入っている体温計を取り出して体温を計った。
38.5℃
俺は溜まりに溜まった書類を思い出しながらしぶしぶ伝令機で三席に休みと告げた。
そのときはすぐ治ると思った。市販の薬を飲み、寝ていれば大丈夫だと。しかし、その熱は一向に下がる様子もない。おまけに鼻水、クシャミはひどくなる一行だ。
「・・・やってらんねぇ・・・」
情けなくて涙が出てくる。何が原因か、自分でもわかっていることがさらに自分をみじめにする。
こんなときはどうしただろうか、幼い自分はどうしたのだろうか。いや、あの時は病気なんかよりまず、明日生きれるかどうかが問題だった。
「・・・」
病気をしても心配してくれる人なんていなかった。どこにも――――――。
「・・・っくしゅっ!!!!!」
「うおぉぉ!!!大丈夫っすか!!??」
バタバタと騒々しく俺が寝ている方へ近づいてくる。
「修兵さん!!熱とかどうなんすか!!??」
この炎天下を走ってきたのだろうか、俺の後輩であるその男は息を切らし、汗を大量に流しながら俺が寝ている枕元へ近づいてきた。
「・・・れんじ・・・?」
「はぁ!!もう!!だから言ったじゃないっすか!!仕事して疲れて風呂入って、そのまま寝るなって!!!だから風邪とか引くンすよ!?」
「・・・うるせぇ・・・」
俺は3日前、仕事が忙しいあまり風呂に入ったまま寝てしまったのだ。起きると風呂の温度は入ったときよりずいぶん冷たくなっていた。そのことを知っているこの男は俺が夏風邪だと知っているのか、まるで餓鬼をしかるかのように言う。
「仕事もいいっすけど、ちゃんと体大切にしてくださいよ?この体はあんただけのもんじゃないンすから・・・」
「俺の体だろ・・・」
「・・・」
真剣な顔でそんなことを言うもんだから俺は少し恥ずかしくなって反対側を向く。
「!?」
すると首筋のほうに髪の毛がかかる。俺はびっくりするが振り向かない。じっとしていると耳元に唇が近づくのがわかる。そしてフっと息がかけられ、こう囁かれた。
「いや、俺のもんでしょ?修兵の体も。」
も、って何だ。も、って。
2008.8.6
「はぁっくしゅっ!!!!」
大きなクシャミと共に鼻水が飛び出す。俺は枕もとのティッシュを数枚適当に取り、鼻をかむ。
「んあ・・・やべ・・・」
完全に風邪を引いてしまった。しかも夏風邪。朝、体調が優れないな、とは思ったがそのまま仕事場へ行こうとした瞬間、俺の目の前の景色がぐにゃんと歪み、俺はその場に倒れこんでしまった。その後、なんとかして起きあがろうとしても足がうまく体を支えてはくれず、しぶしぶ体をひこずりながら敷きっぱなしである布団の中へ入った。
「はぁ…だりぃ…」
伝令機で先程、隊長に連絡はした。体調が良くなり次第向かいます!!と言った俺に対し、あの人は一言、「風邪がうつされたら迷惑だ。完全に治るまでくるな」そう言い放ち、電話を切った。
一応…病人なんですけどね…?俺。
熱が何度あるのか、なんてわかるはずもない。だってこの家には体温計どころか風邪薬さえないのだから。
「はぁ・・・やってらんねぇ・・・」
原因は多分、二日前のこと。あの人が、夏風邪をこじらせたと聞いて看病しに行った日。俺はずっとあの人の傍にいてそのまま寝てしまった。夏だからと言って油断して薄着で寝てしまったのだ。しかも一緒に寝ている相手は病人。
「まぁ・・・ある意味お揃い?」
…だがそんなお揃いはいらない。もっと別の形でのお揃いがいい。
「・・・例えば・・・」
例えば何だろう?指輪?眼鏡?小物?いや…
「時間だろ。」
あの人とお揃いの時間を過ごすことが一番幸せじゃねぇのか、ってそう思った。
「何の?」
自分の出した答えに納得していると扉のほうで声が聞こえた。
「!?」
「何の時間?」
声のほうを見るとさっきまで俺の頭の中にいたあの人が俺の部屋の中にいた。この炎天下の中、ほんとうに歩いてきたのか!?っていうくらい涼しげな顔をして。
「あ…いや…」
まさかお揃いの時間を過ごしたい、などと言えず口ごもっているとあの人は持ってきた袋の中から体温計と風邪薬を取り出した。
「風邪引いたんだろ。熱は?薬は?」
「計ってないってか…そんなもんうちにはないっす…」
「だと思った。ほら。」
そう言ってあの人は俺のほうに体温計を差し出す。それを受け取ろうとして指が触れる。体温が高いせいか、あの人の指先はとても冷たかった。
「それ計ったらおかゆ作るから。」
あの人は袋の中から米を出し、台所のほうへ向かう。俺はあの人の背中を眺めながら言う。
「・・・あのさ、あんた仕事は?」
「たまたま休みだったんだよ。」
「何でここに来たの?」
「たまたま通りかかったんだよ。」
「何で…風邪薬とか持ってんの?」
「たまたま買ったんだよ。」
「・・・ふぅん」
死珀装のまま?二日前あんたの家で見た風邪薬と体温計を持って?
「…これかも。」
「何か言った?」
「なんでもないっす~あ!俺味濃い目で!!」
これかもしれない。俺が求めていたものって。同じ時間の共有。すなわち…お揃いの時間。
「案外、簡単に見付かるんだな…。」
2008.8.8
萌絵