これから会うあなたによろしく。

 

そのこと以来、俺達が校舎内で顔を見合すことは一度もなかった。例え、どこかで会ったとしてもお互いが目を合わせることなんてしない。
 
吉良が声を掛けても俺は遠くでじっとしている。向こうも俺を見ようとしない。無理矢理、吉良を見ている。ぎこちない空間が大きく、大きく流
 
れている。
 
       けれど、この気持ちは変わることは出来ないんだ。
 
 
 
「今日の実習、何するんだろう…。」
 
「さあなぁ、でも前みてぇに現世には行かねぇだろ、木刀だし。」
 
よく晴れた日、俺達は学校傍にあるグラウンドへ呼び出された。とは言っても、悪い顔した先輩達からの怖い呼び出しだとか、可愛い同級生
 
からの愛の告白…というわけではなくて授業の一環である実習。前、現世に行ったアレだ。しかし、授業が始まっても先生が来る気配がな
 
い。授業開始のチャイムは10分前に聞いた。さすがに周りもざわめき始める。
 
「先生…遅いよねえ?」
 
吉良がこっちを心配そうに見てくる。そうだなぁ、と俺もさすがに気に掛ける。すると校舎の方から黄色い声が聞こえてきた。
 
「っ!?」
 
「あ…」
 
吉良と俺のどっちから出た声かは分からない。ただ、俺は目を離すことができなかった。俺達の、いや俺の目に飛び込んできたのは…あの
 
人だった…。
 
 
 
「先生に急用ができたため、急遽、俺が担当することになった。前に一度、言ったと思うが六回生の檜佐木だ。実習を担当するのはこれが
 
最後になると思う。」
 
背筋を伸ばして淡々と話す姿はあの時と変わらない。俺がこの人を初めて知ったあの日と…。
 
「今日は型の練習だ。そうだな…」
 
俺はこの人を見入っていた。息をすることさえ忘れるくらいに。するとあの人がこっちを見る。あの人だけじゃない、周りの奴等がこちらをチラ
 
チラ見だす。
 
「見本で…そこのお前。赤い髪した、一年坊主。」
 
ザワッと周りがざわめき始める。中には「羨ましい」だとか「いいな」だとか聞こえる。また、何人もの奴等が俺を憧れのような目で見る。吉良
 
も慌てたようにこちらをチラチラと見てくる。
 
「俺の相手になれ。」
 
その一言が俺を縛り付ける。でも窮屈な縛りじゃない、心地いい縛り。こっちをずっと見ているあの人と視線が絡み合う。あの人が声は出さ
 
ず、俺のことを呼んだ。
 
            「こっちに来い、阿散井。」
 
 
 
会話なんて一つもしていない。俺達の間に流れる音は木刀がぶつかり合う音と着物が擦れ合う音。けれども、視線が触れ合ってもお互い外
 
そうとはしない。外せない。この人の視線の先にあるのは俺なんだと、かみしめる。全てが許されるなんて思っていない。ただ、伝えなきゃと
 
思った。この人がこの学校を去ってしまう前に…。
 
 
 
「今日はここまで。怪我したりした奴いたら言えよ、救護室に連れて行くからな。」
 
授業終了のチャイムが鳴る。男子生徒たちはゾロゾロと校舎の方へ戻って行く。女子生徒たちはあの人の方をチラチラと見ながら躊躇いが
 
ちに校舎の方へ戻って行く。あの人は周りを見渡して怪我人がいないかどうか確かめる。俺は校舎へ戻ることもできずに立ち尽くしていた。
 
「阿散井くん…?」
 
吉良が俺の肩を叩く。俺が戻ろうとしないからだろうか、こちらをじっと、少し心配そうに見ている。
 
「先帰ってろよ、俺ちょっと…用がある。」
 
俺はあの人が去っていった方をもう一度、見る。あの人に会わなければ、もう一度だけ俺の気持ちを伝えなければ…今度はちゃんと言葉
 
で…。俺はあの人の去って行った方へ走って行く。
 
 
 
ごめんなさいと、一言、言わせて。
 
 
 
何度も見かけたあの人の背中を見つける。細い腰だが、筋肉はちゃんとついている。背筋が伸びて強い背中。あなたに会えてよかった。
 
「…やっぱり俺、あんたのことを諦めきれねぇ。あんたが好きだ。」
 
俺の声を聞いてあの人がこっちをゆっくりと振り返る。まるで一瞬一瞬、時が止まったかのように感じる。ただ、この人が綺麗なことだけは変
 
わらない。いや、変わらせない。
 
「好きだったらあんなことしていいのかよ…。」
 
こちらを睨みつけるように見る。
 
「あれは…ごめんなさい。でも本気であんたが好きなんだ。あんたがどこへ行こうが追い掛ける。追い掛けてあんたのとこまで辿り着いたら
 
そんときはぜってぇ、俺のもんにする。」
 
これは本気だ。例えあんたと俺がどれだけ離れていても俺はあんたのとこまで追い付いてみせる。
 
すると今まで睨みつけていた目がふわりと柔らかくなる。
 
「…餓鬼が…甘ぇんだよ、考えが。いきなりあんなことしやがって。…でも…さっきのセリフは嫌じゃねぇぜ。…あんなことされるよりか全
 
然…」
 
今度は体もこっちを向ける。真剣な眼差しで、真剣な声で俺を縛り付ける。
 
「欲情する。」
 
あの人がそう口にした瞬間、大きな風が俺達を包み込む。一歩一歩少しずつ俺はあの人へ近付いていく。あの人はその場にじっとしている
 
まま、こちらへ近付こうとはしないが、下がりもしない。
 
「俺はあんたのその傷の方がよっぽど、欲情する。」
 
今までこんなにもこの人に近付いたことがあっただろうか…?長いまつ毛がふわりと揺れ、黒い瞳が閉じられる。まるでそれに吸い寄せられ
 
るかのように俺はその傷へ手が伸びる。この人の体が強張った。だが、それは一瞬だけ。俺はまるで割れものを扱うかのようにその傷へ、
 
触れた。
 
          キス、してるみてぇ…。
 
 
 
人形みたいにきれいな顔の瞳がそっと開けられた。今、この人の黒い瞳に映っているのは俺なんだと感じた。
 
「じゃあな。」
 
俺の手からスルリと抜け、まるで猫のように去って行く。そしてもう一度こっちを向き、俺を見て優しく笑った。まるで俺を一生この人を忘れさ
 
せないような、そんな笑顔で。俺はその笑顔に縛り付けられたまま、その場を動くことができなかった。
 
 
 
その後、あの人は学院を去って行った。吉良が言ったとおりにあの人は卒業とほぼ同時に護廷十三隊へ入隊した。俺はと言うと、いつもど
 
おりにいつもどおりな日常をすごしていた。しかし、俺の中からはいつまでもあの人が最後に見せたあの人の笑顔とあのセリフが消えなかっ
 
た。いや、消すつもりなんてない。いつか、あの人に再び会えるそのときまで覚えておこうと、そう誓ったんだ…。
 
 
 
 あんたはきっといつまでも綺麗なままなんだ。何をしてもあんたは綺麗なままだよ。あんたの傷にある大きな思いをいつか俺も背負えるよ
 
 うになるから…だから俺はあんたに絶対追い付いてやる。追い付いておんなじとこに立ったら、そんときは…
 
 
 
 
 
 
 
*あとがき*
恋修馴れ初め編、終了でございます。ここまで読んでくださってありがとうございます。このネタは結構前から温めていたもので、書けてよかったです。結構前から温めていたものだけあって、思入れ深いものとなりましたー!!;;少しでも気に入ってもらえたら嬉しいです。実はこの作品の修兵verも考えてあるんですが…どうでしょう?もしも書くならこのストーリーのその後、つまり恋次が死神になり、修兵と再び再会するところからになります。興味もたれた方は拍手でもポチリとかしていただけたら嬉しいです。それでは。
                                                 2008.6.26        萌絵